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キハ8000系に関する推測

 日車夢工房から名鉄キハ8000系(準急・急行色/特急色)が発売されました。

 いつぞやのキハ85系でエキサイトしておりましたが、こちらもかなり好みの車両でございまして。

 ただ私キハ8500系なら名鉄時代も会津鉄道時代も見ておりますが、実のところキハ8000系は見たことすらありません。
 車両形式については日車夢工房オフィシャルの資料が用意されており、一通り掴むことができましたが、どう組成すればいいかは何も記されていません(組立説明書には一応記載されていますが)。
 すでに実車が跡形もなく地上から消滅している以上、実車調査にも行けないわけで、ネット上から断片的な情報を拾い集めていろいろ推測してみました。


 まずは日車夢工房オフィシャルの資料では不明な所が多いので、wikipedia上の資料と合体させて資料を整理しなおしてみました。

kiha8000-2.jpg

 これを踏まえたうえで…

 車両形式は

 [キハ8000形(8001/8002/8003)]
 1エンジンの運転台付2等車/普通車。8003のみS44増備。
 [キロ8100形(8101)]
 1エンジンの運転台付1等車/グリーン車。
 S44に普通車に格下げ(キハ8101へ)。
 [キロ8150形(8151)]
 1エンジンの中間1等車/グリーン車。
 S45に運転台取付、トイレ撤去工事を行い普通車に格下げ(キハ8102へ)。
 [キハ8050形(8051/8052)]
 2エンジンの中間2等車/普通車。
 [キハ8200形(8201/8202/8203/8204/8205)]
 2エンジンの運転台付普通車。S44増備。
 [キハ8100形(8101/8102)]
 1エンジンの運転台付普通車。
 先述の通りキロ8100/8150形の格下げ後の姿。
 外見上窓ピッチが狭いのが特徴。

 あと、日車夢工房の資料によると「キハ8150形」が記載されています。
 パーツリストから推測するに、「キロ8150形」が格下げされて運転台が取り付けられる前の姿、かと思えるのですが、ネット上を探しまくりましたが、該当する車両は見当たりませんでした。なのでこいつに関してはとりあえず無視します。
 とはいえグリーン車が廃止されたのがS44.8でキハ8102が改造後運用されるようになったのがS45.5と妙に間が開いているんですよね。あったとしてもその間なので「特急色」ではないだろうと思うのです…。
#ご存知の方がおられましたら、ご教示ください。

 ・・・とこの段階からすでに不明な事項が出てきてしまい、暗雲が立ち込めてまいりました。

 そして次がもっと難儀、編成に関してです。

 【「準急たかやま」時代からS44.7まで】
 もはやこの辺は歴史の霧の中です。
 初期車6両のみで運用されています。
 マイクロエースが準急たかやま時代をモデル化しているのですが、
 <キハ8000+<キロ8100+キハ8050+キハ8050+キハ8000>
 という編成です。

 確かにこれはあったと思われます。ただしこれが「基本編成」かと言われれば疑念が浮かびます。
 キロ8100が検査に入った場合はキロ8150で差し替えればOKですが、キハ8000が検査に入った場合です。
 キロ8100を片方の先頭に入れればOK、ですよね。でもそれだと検査時期によってグリーン車の位置が動くことになってしまいます。
 その辺りから推測するに、おそらく「基本編成」は<一等車+二等車+二等車+一等車>の4両編成だったのではないかと思います。
 キロ8100が検査に入る時はキハ8000を増1号車、キロ8150を1号車として増結して5両編成で走ればOKですね。
 時期によっては6両フル編成ということもあったようです。
 その場合は、<キハ8000+<キロ8100+キロ8150+キハ8050+キハ8050+キハ8000>となっていたと思われます。
 増結車に1等車が入ってようがなんだろうがあまり問題はないですしねぇ…。
 ただし<キロ8100+キロ8150+…という組成で走っている写真もあったので、5両編成で1等車2両というケースもあった可能性がございまして…。

 他にキハ8050が検査中であれば、キロ8100を先頭に、中間にキハ8000が入るという編成もあったでしょう。
 (例:<キロ8100+<キハ8000+キハ8050+キハ8000>)

 はい、もうお手上げですwww
 この時期であれば3箱買えば全6両作れますので、お好きなようにお楽しみください(投げた

 【S44.9からS45.7まで】
 キハ8000形8003号とキハ8200形8201-8205号が増備されました。
 その一方で利用率低迷からグリーン車2両が普通車に格下げ改造されています
 改造時期はそれぞれ異なり、キロ8100形8101号はS44後半に、キロ8150形8151号はS45年半ばにそれぞれキハ8100形8101号及び8102号となりました。

 【S45.7からS51.10まで】
 改造車含む全12両が揃い、急行「北アルプス」と改名され、富山地方鉄道乗り入れを果たした後、特急に格上げされるまでの時代となります。

 この時期の編成ですが、立山乗入時と飛騨古川止まりの時期で若干異なっていた模様です。

 立山乗入時は、立山行編成が3両で固定されています。また飛騨古川止の編成は最長で5両の計8両が最長となります。立山行編成は富山地鉄内の制限、後者は名鉄線内での制限を受けて、でしょう。

 立山編成は<キハ8200+<キハ8200/キハ8050+キハ8000/8100>でほぼ固定だと思います。
 これに付随する飛騨古川止の編成は最短が2両(<キハ8200+キハ8000/8100>)、最長が先述の通りの5両までいろいろあったようです。
 ただし、2エンジン車のキハ8200を2両重ねるという組み合わせは当たり前のようにありますが、1エンジン車のキハ8000/8100を2両重ねるという組み合わせは極力避けられたと思われます(5両増結編成の内の2両ならなんとか、か)。

 対して立山乗り入れを行わない時期は、4両編成を基本に運行されていた模様です。
 <キハ8200+<キハ8200(/キハ8050)+キハ8050+キハ8000/8100>
 こんな感じだったのではないでしょうか。もしかしたらキハ8200*3+キハ8000/8100とかいう愉快な編成もあったかもしれません。

 またこの時期はキハ8200形とキハ8000/8100形の「向き」が固定されていたように思います(一時的な回転はあったと思われます)。
 増備にあたってキハ8200形が6両ではなく、わざわざキハ8200形5両とキハ8000形を1両増備しているのがその証左で、これで神宮前向5両(キハ8200形)と富山向5両(キハ8000/8100形)との数が揃います。
※向きは推測

 この当時の運行ダイヤですが、1977年(S47)であれば、神宮前を9:53に出発し、14:53に立山到着、翌日11:15に立山を出発、神宮前に16:34に帰ってくるようになっていたようです。
 なおこの立山到着後出発までの異様に空いている時間には「富山地鉄の線内特急」として使用されるというわりととんでもないことをやっていたりもします。付属ステッカーの「立山」というヘッドマークはこの時に掲げられていたものです。

#3セク以外の優等列車用車両を別の会社線内単独運行の有料特急列車として使用していたのはこの例くらいなのではないかと…。

 で、立山編成は1日目に立山へ、2日まで神宮前まで戻るという行程なので2日分必要、ゆえに2編成6両、毎日飛騨古川まで行く編成が2両~5両、あとは予備車という運用だったものと思われます。

 なお現在のキハ85系とは比較にならないほど増結時がカオスでございまして…。
 どうやらトータルでつじつまがあってればなんでもええやんか、としか思えない増結の組み方をされていたようです。
 立山まで行かない時であれば「飛騨古川まで8両でいけばいい」ということで4+4にしか切れない組み方で増結されていたりしていたようです。(例:<キハ8000+キハ8200>+キハ8050+キハ8200>+<キハ8000+キハ8200+キハ8050+キハ8000>)

 あと有名な話ではありますが、キハ8000系は名鉄線内でも特急として使用されており、最長8両で豊橋まで顔を出したりしておりました。この時は基本的にヘッドマークは無く白幕状態だったようです。

 特急昇格を控えた時期から徐々に「特急色」への変更は進んでいたようで、両色が混ざって運用されていたようです。

 【S51.10からS60.12まで】
 ついに準急から始まった列車が特急へと昇格し、北アルプスの絶頂期と言ってもいい時期です。
 キハ82系を模した羽根が前面に入り「特急色」に変更され、S55.7からは絵入りのヘッドマークが使用されるようになりました。
 しかしS58の夏季を最後に富山地方鉄道への乗り入れが終了し、少しずつ陰りが見え始めた時期でもあります。
 S59.7のダイヤ改正より運用区間が正式に飛騨古川までに短縮されます。
 ただしS60.3のダイヤ改正より再び富山まで乗り入れるようになり、この時再び名鉄~JR東海~JR西日本という3社直通の列車となっています。

 車両運用自体は先の時期とほぼ変化がなかったものと推測されます。

 【S61からS63まで】
 需要減少により、はっきりと衰退を始めた時期になります。
 時期がわかりませんがまずは4両編成になり、S63末には3両編成になりました。

 4両編成であれば、
 <キハ8200+<キハ8200+キハ8050+キハ8000>
 3両編成であれば、
 <キハ8200+<キハ8200/キハ8050+キハ8000>
 という編成が多かったのではないでしょうか。

 S60末にキハ8100形の2両が廃車になるなど車両の淘汰も始まります。
 続いてS63.9にキハ8003及びキハ8051/8052が、S63.10にはキハ8001/8002が廃車になり、キハ8200形5両のみが残る形となりました。

 この時期に一部のキハ8200形の方向転換が行われたと思われます。
 全車一方向を向いていては編成組めませんからw

 【S63から終焉まで】
 キハ8200系5両のみになりましたので、<キハ8200+<キハ8200+キハ8200>という編成が基本に、需要に応じて残りの2両を継ぎ足して細々と運行される形となりました。

 時代は平成に移り、H2年3月9日をもって、高山~富山間の運行が取りやめとなり、神宮前~新名古屋~高山となりました。
 ステッカーの右下に「ありがとう!」「さようなら!」という文字が入ったヘッドマークがありますが、これはその日に掲げられたヘッドマークです。当日の編成は車両番号は不明ですが、やはり3両編成だったようです。

 そしてH3年3月15日。
 ついに後進の新車、キハ8500系に道を譲る日がやってきました。
 編成はもちろん残存5両が全て繋がれました。
 (<キハ8200+<キハ8200+<キハ8200+キハ8200>+キハ8200という形で組成されていたようです)

 通い慣れた線路を走り、終点高山駅構内に進入する際に高らかにミュージックホーンを鳴らしながら入線して行ったという逸話が残っています。

#どこで聞いたんだか忘れましたが。

 -----

 いろいろぐだぐだ書きましたが、まぁ結局のところ、好きなようにすればいいんじゃない?という事でいかがでしょうか。 

この記事に対するコメント


こちらではご無沙汰しておりました。

さすが、仕事が早いです。
表の分かり易さには脱帽してしまいました。
大いに活用させていただきます。

詳しい編成については各自に投げないと、icw149氏の体がもたないってくらい相当ひどい組成ですね(笑)
【2015/01/24 02:26】 URL | 岡部倫太郎 #b57NM4gQ [ 編集]


編成の組み方が名鉄ファンでもなんだかよく分からないんですよね。写真見てもバラバラだし。
とりあえず急行色2つ特急色3つは買ったけど…やっぱり編成を組むなら3箱は必須ですかね。
【2015/01/24 17:24】 URL | 3501F #- [ 編集]


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